死という概念を考える

死という概念について考え、小さな心がけから幸せを得るための記事を書いています。1人でも多くの人が、本ブログによって死という概念を考え、何かを学び、実践していただけますと幸いです。人を愛し、健康に、志高く生きる。

交通事故

 

今回の記事では、交通事故について考えたいと思います。
 
僕は、日常的に自転車やバイク、自動車に乗る機会が多くあります。
 
朝の交通状況に注目すると、
多くのドライバーが猛スピードで道路を走っています。
 
特にバイクに関しては、
猛スピードでのすり抜け(車の左側を通り抜ける)や、一車線の車列の右側を抜かすなどの危険な行為を毎日見かけます。
 
これらのドライバーはどのような考えで通勤・通学を行なっているのでしょうか。
僕もバイクに乗ったことはあり、少しでも早く目的地に着きたいという気持ちはあります。
そのため、すり抜けを行ったり、信号のかわる直前にスピードを上げたりなど・・・
情けないことですが、経験があります。
 
僕の場合は、
少しでも早く学校に着きたい、早めにアルバイトの準備をしたい、待ち合わせ時間に間に合わせたいなどといった理由からでした。
 
 
しかし、よく考えてみると、
本当に命をすり減らしてまで行わなければいけない行為なのか。
 
本来僕たちは幸せになるために学校や仕事に通っているにも関わらず、
"学校や仕事に通うために命の危険をさらしている"
という矛盾に違和感を感じました。
 
 
自分の命や他人の命を失ったとしてもしなければならない勉強なのか。
 
自分の人生や他人の人生を狂わせてまで取り組まなければならない仕事なのか。
 
命を捨ててまで間に合わなければいけない約束なのか。
 
 
少しでも多くの人に考えて欲しいと思いました。
 
自動車やバイクの運転中、
渋滞にイライラしたり少しでも早く目的地に到着したいと思うことが一切ないわけではありません。
でもそんな時、自分にこれらの質問をしてみるとyesと答えが出たことは一度もありません。
 
(もしあるひとがいたら、ぜひ教えてください)
 
僕は経験したことがないだけで、
どうしても急がなければならない状況
例えば、大切な人が亡くなってしまう前にどうしても会いたい、
一生後悔する約束事がある、
などの理由がもしかするとあるのかもしれません。
 
 
しかし、何かのために急いだことで自分が命を落とせば元も子もありませんし、
周りの人たちもそんなことを望んではいないはずです。
 
 
また、
"自転車が凶器になる"
といった言葉、
スマホの発展と同時に注目されるようになってきました。
 
ながら運転とよばれるスマホを操作しながら事故を引き起こす人たちが増えたからです。
 
しかし、残念なことに未だ多くの人が理解できるまでに浸透していません。
 
自転車に乗っていても電気をつけずに運転している人たちや、
猛スピードで信号を無視している人たち、
二人乗りをしている人たち・・・。
 
 
前述した通り、
どうしても急がなければならない状況があるかもしれません。
 
でもそんな時は、
曲がり角は絶対に一時停止をする。
夜であれば絶対に電気をつける。
 
 
もしもどうしても信号無視をしてしまう時は、
 
絶対に一時停止をして状況を確認する。
(もちろん信号無視を容認しているわけではなく、してはいけないことは大前提として最大限の努力をする)
 
 
そのような一人一人の心がけが交通事故の防止につながり、
無駄な死を防ぐことができると確信しています。
 
全ての人々が死を身近に感じ、
当たり前の日常を当たり前に思うのではなく大切にしてほしいと僕は願います。
 
 
 
死に向き会い、
 
僕たちは努力しなければならない。